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新着記事

鰻温泉
 
かつて西郷隆盛が、狩猟や湯治で訪れたと言われる温泉!
 
240年以上の歴史があり、「三国名勝図絵」にも紹介されているそう。
 
揖宿郡山川町にあります。
 
 
この温泉については、ブログ「温泉の旅」の「8、鰻温泉」でもご紹介しています。
 
 



  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2007年03月13日 11:45



  • 西郷どんの湯
     
    明治時代に西郷隆盛も入ったという温泉を発見!
     

     
    ここは,日置市吹上町にある「中島温泉旅館」内。
     
    西郷隆盛が入ったお風呂は現在,「西郷どんの湯」と名づけられている。
     
    ただし,宿泊者専用の家族風呂だそう。
     
     

    中島温泉旅館は,島津家の殿湯としての歴史もある。
     
    また,斉藤茂吉も湯治に訪れたことがあるそう。
     
     

    中島温泉旅館
     
     
     
    この温泉については,ブログ「温泉の旅」の「1,中島温泉旅館」でもご紹介しています。
     



  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2007年03月01日 16:50



  • 小松帯刀(こまつ・たてわき)


    小松帯刀(こまつ・たてわき)は、天保6年(1835年)10月14日に、三男として鹿児島城下で生まれた。
    父は薩摩国喜入の領主肝付兼善、母は島津久貫の娘で、22才の時に小松清猷の養子となり、藩主島津斉彬の小姓となる。

    その後、藩政改革派として藩政に携わり、文久2年(1862年)には弱冠28歳で家老に就任する。若いながらも、小松は藩の軍事、貿易、政治を担う重責を一手に引き受ける。
    慶応2年(1866)1月18日、西郷隆盛とともに木戸孝允らとの間で薩長連合を締結。

    21日(もしくは22日)に薩長同盟の詰めをしあげたあと、小松は西郷や坂本龍馬らと鹿児島に帰る。坂本は前年寺田屋で襲撃されたときの手の傷が治りきっておらず、その療養もかねて妻おりょうを伴っての鹿児島行きであった。
    坂本夫婦の鹿児島滞在中も、小松の別邸に彼らを逗留させていた。そして、霧島の温泉に滞在していた折も、小松と坂本は行き来をしており、何事かを話し合っている。






    龍馬とおりょうの新婚旅行(霧島)

    慶応3年(1867)10月、将軍徳川慶喜に大政奉還を進言した。
    慶應4年1月、体調が持ち直したのか、小松は上京し、できあがったばかりの新政府の役職を次々と命じられる。
    しかしその激務がたたったのか、翌明治2年(1869年)5月にはすべての役職を辞し、大坂におもむいてオランダ人医師ボードウィンの治療を受ける。
    治療を受けても体調が回復することはなく、ついに明治3年7月20日、大坂で逝去した。享年36歳。
    墓は、鹿児島・日置郡吉利村円林寺にある。



  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2007年02月18日 00:51



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    国道10号線沿いを歩いて行くと
    「文化の道」があります。
    この通りで撮った写真は
    ずっと一本の道ですが様々な表情がありました。
    9月になり秋の風を感じるこの頃ですが
    夏の余韻がまだ少し鹿児島には残っているように感じます。



  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年09月13日 12:10



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    下級武士の出身である西郷隆盛を見出したとされる
    薩摩藩主 28代 島津斉彬 を祀った神社が
      「照国神社」   です。 
    鹿児島でもっとも大きい神社の一つで、入口には大きな鳥居が構えています。

    島津斉彬は 西郷隆盛や大久保利通を育て
    近代日本の基礎を築いたとされる。



  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年09月13日 11:38



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    『日の丸』のルーツが薩摩であることを
    皆さんご存知でしたか?

    写真の船は、薩摩の28番目の殿様 島津斉彬がつくらせた
    「昇平丸」ショウヘイマル の模型です。
    日本で最初につくられた様式の帆船軍艦です。
    昇平丸 は日本の船である印として「日の丸」を掲げて
    鹿児島から江戸へ向かいました。
    のちにこの「日の丸」は、日本の国旗となりました。

    ちなみにこの大きな模型は「維新ふるさと館」でみれますよ!!



  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年09月09日 16:15



  • 1830年9月26日生まれ

    加治屋町のおとなり高麗町にて生まれ
    生後まもなく 加治屋町に移住し
    親友 西郷隆盛らと共に学問を学ぶ。

    大久保利通の誕生地は「維新ふるさと館」の裏手にあります。

    加治屋町はたくさんの偉人が生まれた歴史ある土地なんですね。

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  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年08月27日 21:19



  • 今日は日本道観 鹿児島<道>学院がある
    加治屋町で(スタジオから5分)
    「偉人・維新ふるさと祭り」がありました!!
    太鼓やフラダンスなどのステージがありましたよ。

    会場ののすぐ近くには川があって
    そこに木造の 南州橋(なんしゅうばし)があります。
    すごくレトロで素敵でそこから桜島や反対側には大きな観覧車が見えるんですよ!!
    夜には花火が上がりスタジオから見ることが出来ました〜。やったー!!

    「維新ふるさと館」が目の前にあるので歴史に興味ある方は一度行ってみてください。

    <今日の豆知識>
    西郷隆盛は7人兄弟の長男に生まれたそうです!

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  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年08月26日 21:12



  • 今日は西郷隆盛の歴史を少し
    たどってみました!!

    南州墓地には西郷隆盛をはじめ、桐野利秋
    村田新八などたくさんの慰霊が奉られています。

    南州墓地はすごく見晴らしの良い高台にあり
    おすすめスポットです。
    近くの駐車場にはずらっと車が並んでこの景色を堪能しながら休みに
    きているサラリーマンや業者の車が多いのです!!

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  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年08月25日 22:24



  • 日本道観 鹿児島<道>学院は
    幕末・維新の偉人たちが数多く誕生した
    「加治屋町」にあります!

    そこで、加治屋町で生まれた西郷隆盛をはじめ
    幕末・維新の時代の偉人たちの歴史を
    たどり゛志゛の強さ 薩摩の気を皆様と感じ
    この加治屋町で志強く道家を広めてゆきたいと思います!!

    日本道観 鹿児島<道>学院のすぐそば(歩いて5分)には、
    西郷隆盛・従道 誕生地があります。

    -身体も心も目玉も大きかった西郷さん-

    西郷隆盛
    1827年12月7日 加治屋町にて生まれる。
    (今から179年前にお生まれになられたんですね。)
    下級武士の出身。

    今後フォトギャラリーにも関連写真を公開予定

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  • 投稿者 気の日本道観 鹿児島道学院 2006年08月25日 22:19